yuumi1289のブログ

思ったことを出す場所。意味なんてない。

思い

えらてん界隈は私にとって本当に楽しい空間です。
刺激的で、流れが早く、希望を見せてくれる。
見ているだけで生きる気力が湧いてくる稀有な空間です。


私は、だからこそ、この件に関わる人に幸せになってほしいと強く思います。

そういうわけで、私はこの記事を書いています。

えらてん界隈の中心人物である、えらいてんちょうさんは、以前に宗教家をしていました。
原理主義的なものであり、人を救うためのものとはまた違うものです。


これは私の経験談です。
実際は違うかもしれません。ですが類似点も多くあると感じています。1意見として気に留めてくだされば幸いです。


私は、高校生の頃までまるで宗教家のようでした。

小学生の頃から虐められていた私はもうそれを当たり前の空間と見なしてしまっていたのでしょう、虐めっ子を可哀想だなぁという目で見ていました。
なにか不満があるから私を虐めるのでしょう?
可哀想。可愛いいなぁ。幸せになってね。


とまぁこういう具合です。
次第にその思考の範囲は人類全員に及ぶことになりました。


幸い、小学校中学校は荒れていて何もしなくても成績上位はとれましたし、プライドを守ることができ、私のような人間でもそういった精神安定を簡単に取ることができました。


高校からはそういったことは通用しなくなってくるので、メンタルは急に悪化しました。今まで可愛いと思っていた人類。それが私にとって可愛いで済まされるものではないと気づいた、気づかされたからです。


自分も、その可愛い人間の一人でしかないと。


それを認めてしまったらもう、耐えきれなくて救いを求めて本を読みまくりました。

私は学問を信仰していました。物理には物理の、数学には数学の、科学には科学の、正解がある、宇宙の真理があると考えています。それは今も同じです。

勿論それはまだ完全ではないです。しかし、多くの人が真理を目指した軌跡を私は学ぶことができるます。それは幸せなことだと思いました。


真理を知ることで私は生きることができる生きる意味がわかると感じていました。そして、

哲学はすべての学問の始まりである。


そのことを知った時、私は当然哲学を読み進めました。この世の中の何故に答えを求めて。そうしたら上手く生きれる、そう信じていました。


当時の記憶は曖昧です。
起きて、本を読み、寝る。そんなサイクルでした。


学校に行けばその思考を晒して友達にやべーやつだwwと笑われたりしました。

当時私は頭でっかちで行動なんて何もできず夢ばかり話す人間で、理想郷だとか作文で書いちゃうような学生でした。


ある時ふと、気づいてしまいました。
私は、思考を過信しすぎていたようでした。


真理なんてない、それが私の結論です。 
正確には、真理を私の脳みそは理解することができない、ですかね。


異議はちょっとやめていただきたいです。
もうこのことについて思考するのは疲れたからです。


ともかく、えらいてんちょうさんは私でいう、
ここで、何かしらの真理を見つけた(聞いた)のだと思われます。それは学問からかもしれませんし、社会運動からかもしれません。それは私にはわかりません。


そしてこの状態、当たり前ですが人のことを救うだとかそういう思考ではありませんし、人の人生に責任を持つだとかそういったことは一切できません。


勿論前とは違い、多少改善はしているようですが。


次に進みます。



哲学に狂った私は大学受験に失敗し、更に留年までしました。私は自分が信じられなくなり、更に病みました。

そんなときに見つけたのがえらてん界隈でした。
私にとってはキラキラしたまさにエデンのようだと思いました。高校生まで夢見ていた理想郷、それを作り出しているえらいてんちょうさんは本当にすごいと思いました。


ここで問題となってしまうのは責任を持たない、という点です。


勿論私の場合ですが、
病んでいる人間は人に自分が幸せになる責任を持ってほしいと思っています。えらいてんちょうさんのツイートはそのカリスマ性から多くの人の希望になっているでしょう。当然、意図せずとも責任を期待されてしまいます。


ここで、困った状況が起きる可能性があります。


特に今いる環境には問題がないのに、そのキラキラ感に刺激されて突発的に仕事や学校などを辞めてしまい、
えらいてんちょうさんがなんとかしてくれると勝手に期待をしてしまい、裏切られる、と感じてしまう可能性についてです。


ちゃんと自分の責任において、会社や学校をやめてください。ショボい起業でも、勿論成功するとは限りません。全部自分の責任です。


個人的なオススメは、働きながら学生をしながらショボい起業をやってみることです。

成功すればいいし、失敗しても大丈夫です。


逃げ場所としてのエデンの価値というのもあります。失敗してもエデンに行けば大丈夫、そう思うことで、病みが改善することもあるでしょう。


とはいえ、苦痛が明確に職場や学校が原因で続けることができない場合はその限りではないです。